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東京高等裁判所 昭和51年(ラ)1101号 決定

抗告人(原審相手方) 高橋福一

右代理人弁護士 田辺幸一

同 若柳善朗

相手方(原審申立人) ライファン工業株式会社

右代表者代表取締役 笹沼宗一郎

右代理人弁護士 矢作好英

主文

原決定を取消す。

相手方(原審申立人)の本件申立を棄却する。

事実

抗告人代理人は「原決定を取消す。相手方の増改築許可申立を棄却する。」との裁判を求め、相手方代理人は「本件抗告を却下する。」との裁判を求めた。

一  抗告人の抗告理由は次のとおりである。

1  相手方の増改築は次の理由により許可すべきものではない。

(一)  抗告人と相手方は昭和二四年一月一日本件土地の賃貸借契約を更新し期間を向う三〇年と定めた。相手方は右期間満了の際本件土地を抗告人に明渡す約束であった。

(二)  相手方はプラスチック(可塑物)の製造販売、ハム、ソーセージ、農産物ケーシングの加工販売、これらの各事業に関連する業務、以上の各事業並びにこれに関連する事業に対する投資を目的とする会社である。そして本件土地は相手方の営業目的にそう工場の敷地として賃貸されたものである。しかるに相手方も主張しているように相手方は工場部門全部を茨城県に移転し、本件土地上の工場は全く使用していない。そして本件土地は相手方が所有しあるいは賃借している他の土地とともに地上建物をすべて取壊し全く新たな貸ビルを建築しこれを大手スーパーマーケット「西友」に貸与するとのことである。貸ビル業は相手方の営業目的にはない。本件土地の賃貸借はその目的が達成された。仮に一歩譲って相手方が貸ビル業を営むにしてもあえて本件土地を借り受けなくても相手方が予定する鉄筋コンクリート造三階建(地上二階、地下一階)の建物は十分建築できる。

(三)  抗告人が営業しているスーパーマーケットの店舗は道路拡幅工事のため近く取壊わされざるを得ないのであり他に移転する土地はない。また近くに大手スーパーマーケット「ジャスコ」が進出する予定であり、抗告人は本件土地の賃貸借期間満了時に本件土地の明渡しを受け本件土地に移転する予定であり、その必要性がある。

2  仮に相手方の増改築がやむを得ないとしても、増改築を許可する附随処分として相手方の支払うべき金額と認められた金八六七万円は次の理由により低きに過ぎる。

(一)  本件土地は国鉄与野駅の西方約六五〇メートルの所にあり、一七号国道と与野停車場線道路とが交差する角地となっている。

(二)  相手方が本件土地上の建物を全面的に改築し、相手方の営業目的にない貸ビルにし、大手スーパーマーケット「西友」に貸与するとすれば、収益の増大が予想される。

(三)  相手方は本件土地は右貸ビルの入口として必要欠くべからざるものと主張している。

(四)  全面改築により建物の朽廃による借地権消滅までの期間が当然に延長される。

(五)  本件土地の賃貸借について抗告人は敷金、保証金等はもちろん礼金、権利金も受領していない。

二  右抗告理由に対する相手方の答弁及び主張は次のとおりである。

1  抗告理由はすべて争う。

2(一)  会社の目的は創立時の目的に制約されるものではなく、定款変更手続によりいかようにも変更できるものである。相手方が工場を建築した当時は本件土地は畑の真ん中であったが、時代の流れにより今や市街地の中心になった。かかる場所に工場を置くことはあらゆる面で不利でありまた周囲の邪魔にもなり移転することを考慮したのである(これは日本中の工場に課された課題である。)。また借地の目的は建物を所有する目的で土地を賃借するだけで十分であり、工場とか貸ビルとかその上の建物の用途により制約されるわけではない。抗告人は自己の経営するスーパーマーケットの近くに大手スーパーマーケットが進出するので本件土地の明渡しを求め新たに営業したい旨主張するが、この右主張は不自然である。本件土地に隣接する相手方所有地に「西友」が進出した場合には従来の抗告人の営業地よりはるかに不利となり、殆んど営業は不可能と思われる。相手方建築予定建物の一部に「西友」が出店することは未だ確定していないが、いずれにせよ一部に大手スーパーマーケットの如き店舗が出店することは立地条件、建物の規模等から考えて肯定せざるを得ない。相手方独自の力で大規模建築は不可能であり、大手スーパーマーケットの融資が必要であることは各地の例をみても明らかである。またこのような用途をもつ限り本件土地は予定建物の出入口として重要であり、これを除外しての建築は考えられない。

(二)  本件土地賃貸借契約は増改築制限特約のない場合であり、本来ならば相手方は金員の支払いの必要がないのであるが、相手方は従来の経過、今後の地主との関係を考慮して適正金額を支払うつもりなのであり、原決定が附随処分として認めた支払い金額は相当である。

理由

一  一件記録によれば、相手方が抗告人から抗告人所有の本件土地を建物所有の目的で賃借し、該賃貸借が昭和二四年一月一日合意の上更新されたこと、相手方は本件土地上に木造工場を建築所有していたが、昭和二八年頃右木造工場を取りこわし、本件土地上に鉄筋コンクリート造及び鉄骨造陸屋根亜鉛葺三階建の仕上工場を建築し、以来右仕上工場を所有していること、抗告人が相手方の右仕上工場の築造に対し格別異議を述べることはなかったことが認められる。したがって、右賃貸借は当初は借地法第三条により普通建物所有を目的とするものであったと看做すべきであるが、同法第七条により右賃貸借は堅固な建物の所有を目的とするものに変更され、その存続期間は右仕上工場建築以降三〇年間となったものと認むべきである。抗告人は「抗告人と相手方は昭和二四年一月一日本件土地の賃貸借を更新し、期間を向う三〇年と定めたが、相手方は右期間満了の際本件土地を抗告人に明渡す約束であった。」と主張するが、抗告人の右主張を認むべき資料はない。

二  相手方は右賃貸借には増改築制限の特約はないと主張するが、一件記録によれば抗告人は右賃貸借には相手方において無断で増改築してはならない旨の合意があったと主張して相手方の右主張を争っているのであり、増改築を制限する特約の存否について当事者間に争いがあると認められるから、相手方の本件増改築の許可申立についてその当否を判断することとする。

三  一件記録によれば、相手方は与野市に本店機構のみを残し工場部門を茨城県に移転させる計画をもっていること、右計画によれば相手方は本件土地、中村勝太郎より賃借中の土地(五七一・〇〇平方メートル)及び相手方所有の土地(合計四七八三・四八平方メートル)上にある工場全部を改築して右土地上に相手方の本店と貸ビルに供する鉄筋コンクリート造三階建(地上二階地下一階)の建物を建築しようとするものであり、本件土地上には該建物の玄関口等が存在し、本件土地より該建物に出入りすることになることが認められるところ、同記録によれば本件土地は国鉄与野駅の西方約六五〇メートルの所にあり、現在一七号国道と与野停車場線道路の交差する角地で、大部分は近隣商業地域に指定され(残部は準工業地域)、その附近が高度商業地化傾向をも示してきていることが認められる。右現況上一般的見地からいえば本件土地は商業用地として使用するのが有効効率的であることは否定できず、また相手方の工場が他に移転することは将来を考えれば本件土地附近の地域的発展の上で好ましいことといえないこともない。しかし一件記録によれば、本件土地は本来工場用建物の敷地として抗告人より相手方に賃貸されたものであることが認められ(相手方は「借地の目的は建物を所有する目的で土地を賃借するだけで十分であり、工場とか貸ビルとかその上の建物の用途により制約されるわけはない。」と主張するけれども、借地上の建物についてその供せられるべき目的を特定して借地上の建物に制約を加えることは一般に賃貸借契約の当事者において自由に合意し得るところであり、かかる合意がなされた以上契約によって定められた用方として賃借人は該用方にしたがってのみ借地を使用し得るものというべきであるから、相手方の右主張は採用できない。)、また、相手方が中村勝太郎より賃借中の土地及び相手方所有の土地は一七号国道には面しており、本件土地を除いては相手方がその本店及び貸ビルに供する鉄筋コンクリート造三階建(地上二階地下一階)程度の建物を建築することが不可能であるとはいい難いのであって、この場合該建物への出入り口が角地である本件土地に比して立地条件上劣るとかまたそのために相手方が大手スーパーマーケット業者から新築に必要な融資を受け難くなるとかひいては工場移転の経費支弁の途なく工場移転そのものが不可能となるとか等の自己の便益に偏する事由をもってしては、抗告人に対し本件土地より出入りすることになる貸ビル新築の受忍を強いることはできないといわざるを得ない。工場の市街地からの移転が工場の抱える今日的課題であるとしても、土地所有者個人が当然にこれに協力しなければならないものではないことはいうまでもないところである。

四  以上のとおりであるから、相手方の本件申立は認容の限りでないといわねばならない。

よって右と趣旨を異にする原決定は非訟事件手続法第二五条民事訴訟法第四一四条、第三八六条によりこれを取消して相手方の本件申立を棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 岡松行雄 裁判官 園田治 木村輝武)

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